初出■2009年

紹介

〈想像力の文学〉荒れ野の奥に村があった。兵士が来襲し村人を追い立て、船に乗せた。船は宇宙へ旅立ち、他の星へ着いた。そこには人々が働く営為があった……日本ファンタジーノベル大賞受賞作家が描く極限の生。

【感想】2009.8.23

しかしまあ、ひどく陰鬱で、抑圧的な小説だ。
こんな景気が悪く、雇用不安が広まっていくいまの日本では、読むのが辛い。
「蟹工船」も希望がないが、「下りの船」もどん底だ。
それはまるで旧約聖書のエクソダスのような風景であり、暗い21世紀の未来を想像してしまう。

この何年振りになるのか、佐藤哲也の新作は、ホメーロス、カフカ、東欧文学、あるいはデューンか諸星大二郎といった物語のイメージが並ぶ、モノトーンな小説だ。
物語の始まりは神話的でありながら、読みつづけているとその背景は宇宙へ旅立っていく未来の人類の物語であり、オーソドックスなSFだった。
地球からの移民が目指した星々への来歴が語られ、その植民は古いロシアあたりの雰囲気が漂っているが、読み進むうちにそこはまるで砂の惑星のようでもあり、諸星大二郎の漫画が描くところの空虚な光景であったりする。
あるいはシベリアの収容所のような過酷な光景であっり、70年代のコミューンのような光景もわずかにあったりもする。
それらは全体を通して、カフカのような不条理で殺風景なトーンで語られている。
そこではたと、この一貫として流れている抑圧的なトーンは、かつてのプロレタリア文学ないしは東欧文学のようなものだと気付く。

どこかにあるユートピアといった大きな言葉の裏にある、暗く澱んだ精神活動にほかならないことを証明しているような小説である。
あまり万人向けではない小説だが、退屈でもなぜか途中で放り出すことができない、不思議な語り口の物語である。


羊男

物語千夜一夜【第百十二夜】

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