初出■1915年[大正4年]

紹介

英国帰朝後の明治36年から、「吾輩は猫である」を書きはじめた明治38年頃までの3年間を、1年間の出来事に凝縮して描いた私小説風の作品。
自分の「もっとも卑しいところ、面目を失するようなところ」を隠さずあらわした、という漱石自身の証言がある。
<文庫紹介文より>

旺文社文庫

【感想】2003.12.22

この小説を読むのは二度目である。
十年前に読んだときは主人公が養父母に金を貸し続けなければならない人間関係のしがらみや、金銭の価値が人間の価値を決めるといった資本主義の仕組みばかりに目がいっていた。
今度は心が通じなくなった夫婦の葛藤にばかり目がいくようになった。
時がたつと同じ小説でもまったく違う感想を持つのはよくあることだけれど、不思議なものである。
漱石の小説は大概読んでしまっているので、これからは再読ばかりになるのであるが、いづれまた全部読んでみたいと思わせられる。
そこがそれ。さすが文豪である。しかも神経症なのである。憂鬱なのである。眉間にシワがよるのである。
まったく日本語が読めて良かったと思うのである。

最近、私は他人から嫌われることが多い。
あの人もこの人も、いやはやあいつでさえ私を嫌っているのである。
被害妄想というか、これが神経症というやつなのか。
漱石が患っていたという、神経症の感覚がなんとなくわかるような気がしてくる。

わかっているだけならばいいのだが、これが胃にくる。腸にくる。
すぐに下痢になる。
そしてまた胃が痛んでくる。
胃が痛むときには横になる。横になって漱石などを読む。
さらに不安がつのってくる。
自虐的なのである。

こういう時は普段考えないようなことを考えがちである。
たいがいはろくなことではない。
例えば胃潰瘍になってこのまま入院してしまうとか、そのために会社を辞めざるをえなくなるとか、そうすると家族は路頭に迷うのか、草々。
ろくでもないことばかり考えるのである。
まあ会社を辞めれるというそれ自体は、悪いことではないのかもしれないが。

漱石は今の私と同年のときに神経症から胃潰瘍となり、大きな病禍に見舞われている。
漱石の文学史では修善寺の大患と呼ばれている有名な事件らしく、一度は死にかけたらしい。
このとき漱石は既に自分が老境に入ったことを悟ったという。
まあ、ひとそれぞれではあるけれども、少しばかり身体にひびく話である。

「道草」は、そうした道に迷った中年が読むにふさわしい、シミュレーションな私小説なのである。
人間、四十を過ぎたら漱石を読むのがよろしい。

羊男

物語千夜一夜【第百夜】

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