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Ian R. MacLeod

イアン・R・マクラウドは、伝統的な英国の香りがするSF作家です。

夏の涯ての島『夏の涯ての島』イアン・R・マクラウド

「帰 還」    Returning
「わが家のサッカーボール」    The Family Football
「チョップ・ガール」    The Chop Girl
「ドレイクの方程式に新しい光を」    New light on the Drake Equation
「夏の涯ての島」    The Summe Isles
「転落のイザベル」    Isabel of the Fall
「息吹き苔」    Breathmoss

浅倉 久志(訳)
嶋田 洋一(訳)
小野田 和子(訳)
宮内 もと子(訳)
ISBN:978-4-15-208887-1 刊行日:2008/01/09

ときは1940年、ヨーロッ パ。さきの世界大戦ではドイツが勝利し、フランスはドイツと平和協調路線をとった。
これに対し、ファシズムと軍事拡張路線を推進するイギリスは、国際社会で孤立していた。
国内では、好戦的なムードと力のある指導者への崇拝の気運が満ちている一方、政府の政策によってユダヤ人や同性愛者は屈辱的な差別を受けていた。
病に冒された老境の歴史学者グリフは、この国のカリスマ的指導者ジョン・アーサーの旧知として恩恵に与っていたが、こうした現状に疑問を抱いてもいた。
なぜなら、全体主義で牽引力を発揮するジョン・アーサーこそ、かつて若く輝ける日々に彼が愛した男であったからだ
――架空の時代を背景に、繰り返される歴史上の愚行と個人の無力を鮮やかに見せる表題作(世界幻想文学大賞・サイドワイズ賞受賞)。


2008/01
感想
【帰還】
訳:小野田和子

解説にあるように、「渋い」作品。
英国の憂鬱とでも呼びたい短編だ。
帰還した宇宙飛行士の無限の孤独のような閉塞感が日常生活を通して描かれている。
ミニマリズム的な手法といい、ブライアン・イーノの「アポロ」を聴きながら読むと一層浸れるかも知れない。

この日本では新しい作家、マクラウドは私が好きな「渋い」クリストファー・プリーストやキース・ロバーツと雰囲気がよく似ている。
これからがとても楽しみな作家だ。

【わが家のサッカーボール】
訳:宮内もと子

「わが家のサッカーボール」は、なぜか人々がいろんな動物からモノに変身できてしまう世界の日常を描いた作品。
発想がとても飛んでしまっている作品。
このあたりはケリー・リンクと近いのだが、細かに生活感を描き出して、哀愁を漂わすあたりがこの作者の持ち味だろう。

【チョップガール】
訳:嶋田洋一

「チョップガール」の舞台は第二次世界大戦中の英国空軍基地、その大戦下という非日常の中での陰惨な虐めにあった女性の物語。
その出口のない毎日の光景に、幸運を身にまとったパイロットが現れる恋愛小説といってもよいか。
幸運の生ける化身のパイロットと、死の花、魔女(チョップガール)と呼ばれる不運を身にまとった女性を通して描かれる不条理な、そしてあまりに人間的な光 景が淡々と綴られている。
犠牲者としての女性の心理の有りようが丁寧に描かれていて、その諦念の大きさがかえって痛切に伝わってくる。
ほとんどSFとは思えない主流の文学的な一編。

【ドレイクの方程式に新しい光を】
訳:浅倉久志訳

ナノテクによる人体改造が流行る近未来の恋の始まりと終わりの物語。
流行に目ざとい女性の方は有翼人になったりと、その願望はまるで「蛇とピアス」。
クレスの「ダンシング・オン・エアー」と同様に、ナノテクそのものに焦点をあてるのではなく、二人のなりゆきが物語の中心。
男の方は、地球外知的生命体の存在を追う変わり者。
フランスの片田舎で老境を語る男の心境がもの悲しい。

【夏の涯ての島】
訳:嶋田洋一

モダニスト、あるいはファシストがいなかった英国に、彼らが
存在したら、どんな国になっていたかという、歴史改変の物語。
SFの本流は国や歴史にその流れが変わったときにどう変わる
かのかを語っていたが、マクラウドをはじめ英国の作家は、登場人物にその流れを語らせることによってモダンとは、あるいはファシズムとはどんなものだった のか、思考実験として、もちろんより人間の営みとしての行動や考えを物語る。
それが文学的と言われる所以だが、シミュレーションがもたら
す効力は、ただ面白ければよいという、日本的なあまりにサブカルな現代文学とは違うベクトルを持っている。
そこが英国小説を読む楽しみのひとつなのだ。

【転落のイザベル】
訳:浅倉久志訳

常夏の星にいかにして四季が訪れるようになったかを、古くから星に伝わる
悲しい伝説という趣向で描いたファンタジィ風味のSF。
香月祥宏の解説の通り、異星の地の話なのだが、中世のイングランドの片田舎に
ある修道院での出来事を描いた話のようでもある。
お話が語られるという意味では思索的なエッセイのようでもある。
すらりと読め、とても雰囲気がよい。

【息吹き苔】
訳:浅倉久志訳

基本的にはオーソドックスな少女の恋と成長の物語だが、余計な説明を省きながら
描き出される惑星ハバラの景観や、<10001世界>の文化、風俗が魅力的。
香月祥宏の解説の通り、マクラウド版未来史を綴る連作のひとつ。
先の「転落のイザベル」も<10001世界>の物語であり、人類が地球を離れて
宇宙のあちこちに散らばっている世界を描いているのにも関わらず、英国的なのが
この作家の特異なところだと思う。

2009/12
【最 後の粉挽き職人の物語】
"The Master Miller's Tale"
訳:嶋田洋一
SFM2009/12号「秋のファンタジイ特集」

風車小屋に暮らし、風と呪文の力 で粉をひく男、ネイサンと幼馴染の女、フィオリーナとの淡い物語。
フィオリーナは産業革命の新しい時代の波に乗り、蒸気機関による製粉機を導入して、新しい事業を始める。
彼女はネイサンと共に仕事をしようと持ちかけるが、昔ながらの粉引きに拘る男とは相容れない。
あまりスチームパンクらしさはないが、マクラウドらしい、ふたりの感情を丹念に描いている短編。

2010/06
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