初出■1896年
紹介
村の戸長は勝手に村人の質地を自分の名義に変えてしまい裁判となる。一審では村人が勝訴したが、二審では敗訴。再審の費用の無い村人は暴動を起こし、戸長
一家を殺害した。また泉鏡花はこの事件を素材とした『冠弥左衛門』を書いて文壇にテビューした。
「真土事件」Wikipedia
「冠弥左衛門」泉鏡花
【感想】2007.12.15
なんとなく主役が目立っていない。
というより、主役に匹敵すると思われる登場人物の娘の小萩、霊山の卯之助にしても、ここぞという出番になっていない。
ちょっと雰囲気がばらばらという感じだ。
鏡花特有のあの吸い込まれる感じがいまひとつなのだ。
しかしこの小説、テンポの良さが凄く、いい。
きれがいい、ノッテルね、てな感じ。
この辺りが今の小説では望めないもの。
もともと江戸の講談のテンポなのだろうから、近代小説からは抜け落ちている古い地層のものだ。
これが実質的な鏡花のデビュー作なので、処々に鏡花らしさが出ているのだが、どことなく垢抜けないのは、やはり「近代小説」を意
識しないで書いているからだろうか。
こうした鏡花の小説を読んでいると時々古い英国の小説を読んでいるような勘違いをする
ときがあったりするのは、けっこう鏡花は海外文学を読んでいるんじゃないかな、と想像したりもする。
英語の講師とかしてたらしいからね。
後半は、話がぐっと面白くなるにはなるが、どうも焦点が合わず、話が広がりすぎるといった感じで、ちょっと唐突に終焉が来てしま
う。
しかもあっけなくヒロインが倒れてしまうあたりは、とても意外に思えるが、往時の江戸時代からの物語の結構としては、当たり前の
ものなのだろう。
そのあたり師匠の影響もあるだろうし、新聞連載時に不評だったこともあるのだろう。
後年の鏡花を彷彿とさせる場面もちらほらとはあるが、それはとても抑えられているといった雰囲気だ。
まあ、処女作にその作家の全てが現れている、といった格言を否定する作品であり、鏡花の芸術性はどういうものだったのかという、
後年の小説から推測するには座標軸を用意するような作品ではある。
羊男