初出■1988年

紹介

『聖シュテファン寺院の鐘の音は』は、第1回配本の『白き日旅立てば不死』の14年後の世界が描かれています。荒巻ファンには、「白樹シリーズ」として知られているものです。永遠の恋人であるソフィーを求めてウィーンを、そして「異界」を彷徨う主人公・白樹直哉の行く先は...。純文学とSF作品の間を行き来しているかのごとく傑作が完全版で!
解説は、マニエリスムを語らせたら随一の学魔・高山宏(英文学者)と新戸雅章(SF評論家)が書き下ろし!
別冊の付録「月報」には、荒巻義雄の書き下ろしによる「本作の執筆の裏側」が掲載。作品に込められためくるめく荒巻の美学とは? さらに「月報」には、鬼才立原透耶(作家)とSF評論家ドゥニ・タヤンディエーが登場します!

『聖シュテファン寺院の鐘の音は』(定本 荒巻義雄メタSF全集第4巻)

【感想】2013.9.17

1980年代にこういう本が出ていたのをまるで知らなかった。
当時はパーソナルコンピューターが出てきた時期であり、経済大国となった日本に未曾有のマネーが集まり、サイバーな未来が広がり、もうSFなどという古い読みものには手が届かなくなった。
しかもこの作者自身、自己の「中心」から離れ、シミュレーション小説を濫造する時代となっていた。
いまの世相とは異なり、戦争などテレビの向こう側の出来事であり、平和な時代だからこそ、戦争シミュレーション小説などが受けたのだろう。

そんな時代に六十年代をひきずる「白き日旅立てば不死」の続編が書かれていたのだ。
しかしながら、その内容は時代外れの私小説的な雰囲気とは異なり、何かのあらすじのようなものだった。
おそらくもっと地味で深い小説が書けたはずなのに、著者自らの理論を具現化するのがせいいっぱいたったのか、当時のシミュレーション小説の展開や、この思索小説と平行している「神聖代」のモチーフがあちらこちらに見られる。
きっとはじめから結末が見えていて、そこにたどり着くことが目的となってしまったのだろう。
非常に惜しい感想しかないのだ。
読後の失望感とでも言おうか。

それでもヒトラー第三帝国の歴史改変小説の一部のような展開や、グノーシス流出理論展開はあり得たかも知れない世界への一所となっているのか。
日本的なグノーシス流出世界の展開は澁澤龍彦からはじまり、その影響を受けた荒巻義雄においては、サドのエロシズムも随所に取り込まれ、三身一体のファンタジーまで高められている。
それらがいまでは永井豪的なな肉体をモチーフにしたエヴァンゲリオンの光景に続いている。
それらは時宜的に世界とつながり、日本の新しいコミック文化や「かわいい」文化にまでつながっていく。
そうした意味でこの作品はゼロ年代への源流となるために、その身体性が青春の終焉を示す濃度の低さに表れているという思いが強くなる。
それらも読後の失望感とでも言うしかないものなのだ。


羊男

物語千夜一夜【第百十三夜】

関連リンク

  • 北海道SF大全 第四回
    「荒巻義雄『聖シュテファン寺院の鐘の音は』徳間書店、1988。
    (荒巻は、処女長編『白き日旅立てば不死』に執着を抱いており、文庫本の後、ハードカバー版を出版した。
    そのあとがき「漂泊する魂の記録」で、彼はいつの日かその続編を書きたいと述べている。
    続編『聖シュテファン寺院の鐘の音は』は『白き日旅立てば不死』の約20年後に出版された。)」

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